ICS JOURNAL

【’20 特別講義】金井政明「感じ良い暮らし」

2021.05.17


講師:金井政明(株式会社良品計画 代表取締役会長)


「感じ良い暮らし」とは何か

皆さんは「感じ良い暮らし」と聞くとどんなことを思い浮かべますか。企業としてこの言葉を打ち出す時には、例えば株主を始めとする出資者に「感じ良い暮らし」とは何かを明確に示し、理解してもらわなければならない。想像力を働かせ、具体的な未来のビジョンを描きながら、その豊かな暮らしと社会のために必要なことを提案し続けたいと考えています。
「感じ良い暮らし」という言葉を初めてハッキリと使ったのは、2011年の東日本大震災の時でした。電力消費を抑えるため、会社のエレベーターが止まっていたり、照明が一部だけしか点いていないという環境で仕事をする中で、良品計画の社員たちが、「階段を使うのは健康に良いですね」とか「照明はこのくらいでも仕事できますね」と、その状況をポジティブに捉えて過ごしている姿があり、それがとても心地よく感じた。そこから「感じ良い暮らし」とは何だろうということを企業として示せたらと考え、今日までさまざまなことに取り組んできました。
「感じ良い暮らし」を求める上で、この社会における「幸せ」とは何かを見つめ直す必要があります。今は身のまわりに情報が溢れ、多くの人が他人と自分の「幸せ」を比べて生きています。消費社会はその感覚を加速させ、ものを売る側もそれを煽るような動きをしていると感じます。
私達が手掛けている「無印良品」は、まさにその消費社会に対するアンチテーゼとして、1970年代の後半に、当時セゾングループ代表だった堤清二氏と、日本を代表するグラフィックデザイナーであった田中一光氏が中心となって「等身大の暮らしをしている人たち」に向けた商品の提案をスタートしたことがきっかけで1980年に誕生しました。世の中では、デザインを付加価値として捉えられている場面が多いですが、本来、デザインとは生活の価値そのものを向上させるものだと考えます。無印良品のデザインもそうあるべきだと考え、大きなテーマとして「役に立つ」ことを会社の大戦略として掲げ、商品や暮らしの提案を行ってきました。そこでは「傷ついた地球の再生」「多様な文化や文明を再認識すること」「快適・便利追求の再考」「新品のツルツルピカピカではない美しさ」「人や生産者を始めとするつながりの再構築」「よく食べ、眠り、歩き、掃くという人間生活」「おかげさま、お互いさま、お疲れさまの精神を世界に発信する」といった7つのキーワードを軸にしています。
グローバル経済に人も企業も国も巻き込まれ、エネルギーや環境、格差社会といった問題が目に見えて増えている中で、見て見ぬ振りをして生きていて良いのだろうかということを見つめ直す時期にきているのではないでしょうか。一方で、皆さんのような若い世代には、簡素な暮らしや共助、美しさ、調和といった感覚を持った人達も増えてきている。その人達に向けて、自信に満ちた「これでいい」と理性的に思えるものを提供して、さまざまな課題の解決に寄与できればという思いを持っています。

千葉の鴨川に開設した棚田オフィス(@HOUSE VISION)

大多喜町の廃校を利用したプロジェクト

無印良品 直江津


ローカルから始める明るい未来

これから日本の人口は大きく減っていくと言われ、企業も少なくなり、今までのマーケティングや商売のやり方では通用しなくなる社会がやってきます。そこでは、土地や建物、企業に価値があるとされてきた世の中から、地域社会やそこ暮らす人、当事者意識のある人に価値があるという考えにシフトしていくのではないでしょうか。この資本主義ではなく、人本主義ともいえる考えを持って、無印良品では、地方都市での活動を活発に行なっています。
千葉の鴨川に設計事務所のアトリエ・ワンとつくった「棚田オフィス」は、里山の集落と交流しながら、田植えや稲刈りのイベントなども行い、新しい働き方やオフィスの在り方を模索する場となっています。また、同じく千葉の夷隅郡大多喜町では、廃校となった小学校校舎を町から借り受け、コワーキングスペースや町の食堂を設けて、地域振興やコミュニティーの活性化に向けた取り組みも行っています。この他にも、新潟県上越市のショッピングセンターにある「無印良品 直江津」では、「地域のくらしの真ん中になる」ことをテーマに、これまで無印良品ではあまり扱わなかった農産物など、地場の魅力を発信する店舗づくりに取り組んでいます。
これらのプロジェクトは、単なる商業施設をつくるのではなく、無印良品を通して、現代的なコミュニティーを創造していくためのものです。これまで経済優先の社会が拡大したことで、伝統的なコミュニティーは解体され、多くの人が“消費者”となってしまい、地域そのものが消費されてきたと思っています。その人々がもう一度自分たちの住む地域に目を向け、“消費者”から“当事者”へと意識が変わることで、小さくても力のある固有の経済活動が増えていくのではないかと考えます。その地域の新しいつながりに、無印良品の商品や考え方が寄り添えるよう、地方都市を含めて店舗数の拡大を続けているところです。更に、DXを活用して生産や加工、販売などの仕組みを見つめ直すプロジェクトや、フィンランドでの自動運転技術を活用したバス「GACHA」へのデザイン提供など、デジタル技術も取り入れながら、「どんな社会をデザインしていくか」というモノのデザインを超えた意識を持って、多様な事業を手掛けています。

自動運転システムバスGACHA



モノを売って終わりでなはく、その先にいる人や地域とつながることで、私達自身も誰かの役に立っているという実感を得ることができ、“お互いさま”の精神を持った社会がカタチになっていくことは、まさに多くの人の幸せにつながっていくと思っています。

■講師Profile
金井政明 KANAI Masaaki
株式会社良品計画 代表取締役会長。1957年生まれ。西友ストア(現合同会社西友)を経て 1993年良品計画入社。生活雑貨部長として長い間、 売上の柱となる生活雑貨を牽引し良品計画の成長を支える。その後、常務取締役営業本部長として良品計画の構造改革に取り組む。2008 年代表取締役社長、2015年代表取締役会長に就任、現在に至る。西友時代より「無印良品」に関わり、一貫して営業、商品分野を歩み、良品計画グループ全体の企業価値向上に取り組む。

ICS COLLEGE OF ARTS+ICSAA+テンポロジー
ICS公開特別講義2020「スマホを捨て、五感をフル稼働してみよう!」

講師:金井政明(株式会社良品計画 代表取締役会長)
日時:12月3日(木)10:00~11:30
会場:めぐろパーシモン小ホール 

■主催:学校法人環境造形学園専門学校ICSカレッジオブアーツ
■協力:ICSAA
■企画構成:一般社団法人テンポロジー未来機構
■ライター:高柳圭