ICS JOURNAL

【’20 特別講義】第1回 佐野末四郎「ものづくりに真摯に向き合う」

2020.08.27


講師:佐野末四郎 SANO Magic主宰/木艇職人

 

造船を最初から最後まで1人で手掛ける

私の家業は江戸時代の和船造りから200年続く船大工で、私で9代目になります。私が若い頃は、職人や大工というと世間的にはカッコ悪いイメージで、今のように職人の仕事が注目されることは少なかった。特に戦後の経済優先の世の中の流れのなかで、職人たちの手仕事は機械化され、また分業されていった。その動きは造船業でも同じでした。昔の船大工は最初から最後まで、一人の職人が責任を持って作っていて、私も同じように一人で最後まで仕上げていますが、すべて手仕事で造船を手掛ける職人は、日本でも少なくなっています。

私が初めて造船を手掛けたのは高校生の時で木製のヨットでした。出来上がった時に、日本の船の専門誌に連絡をしたのですが、「このクオリティーのものを学生が作れるわけがない」と取り合ってももらえませんでした。しかし、同じく世界的に有名なアメリカの専門誌に情報を送ると編集者が来てくれて、私の年齢に驚きながらも「佐野のマジックだ」と大きく取り上げてくれた。ものづくりに対する見方が、世界と日本で大きな違いがあると感じつつ、日本のものづくりの技術をしっかりと受け継ぎながら、もっと発信していきたいという情熱は若い頃から抱いていました。オランダでの修行を経て日本に戻り、船をつくり続けて今年で62歳になります。船を作るための重い木材を運ぶのは重労働で、とても大変ですが、同時にものづくりの楽しさを日々感じていて、それを若い世代の皆さんにも知ってほしいと思っています。
 

ものづくりに真摯に向き合うこと

基本的に造船は何もないところからスタートします。船の用途や必要な大きさなどを踏まえながら、形状や素材を一つひとつ、自分の頭と手を使って生み出していくのは、ものづくりの楽しみの一つです。また、船大工は木を始めとする素材への理解やそれを加工していく技術と共に、船に掛かる水圧や衝撃を計算した曲線を形にするための数学の知識など、さまざまなノウハウが求められます。近年、製作した船は、4年かけて完成しました。その費用は3000万円です。4年間、その一つの仕事に掛りきりになってその費用ですから、できないことはないけれど、一生の家業として継続していけるかというと難しく、それ故に多くの職人たちが造船を辞めていきました。職人として良いものを作ろうとするほど、時間も労力もかかってしまうのは当然で、お金にも縁遠くなる。それでもお金優先ではなく、ものづくりに真摯に向き合って、私を含め先代たちが欲をかかずにやってきたことが200年続いてきた理由だと思っています。
今では、船以外に自転車やスピーカーも作っていますが、いずれも造船から得た知識や技術を生かしたオリジナルの手法を用いています。この仕事をやっていく上で大事にしているのは、簡単な方法と、クオリティーは上がるけれども難しい方法を選ぶ場面があった時に、難しい方法を選ぶことです。人の真似をするのは簡単ですが、それだけでは職人の技術は進化していきません。そして、一度難しい方法を成し遂げれば、自分の技術として次につながっていく。もちろんそこには様々な試行錯誤と苦労があり、失敗を繰り返しても壁を乗り越える気持ちが必要です。私が作ったものを「アートのようだ」と評価していただくこともありますが、私は芸術家になりたいのではなく職人であり、その誇りを持って仕事をしています。

マホガニー材によるリビングボード


 

ものづくりに夢が持てるような仕事

私が船以外のものづくりを手掛けるようになったきっかけは、テレビなどの美術を製作するNHKアートの工房の一画で、1脚の椅子を作ったことです。美しさを求めた末に生まれた脚部の猫脚のような女性靴のヒールのような独特な形状を、日本画家の平山郁夫さんが褒めてくれて、彼のために家具を作った時に、自分の技術や造船の知識が他のものづくりにも生かせるという感触を得ました。その他にも、樹種による特性を理解した上で、音の響きを最大限に発揮できる形状を模索した木製のスピーカーを、有名ミュージシャンが気に入って愛用してくれるといったこともありました。

そして近年、継続して作っているのが木製の自転車です。ギアやブレーキ、タイヤチューブなどの付属品以外、フレームや車輪、ハンドル、サドルまでマホガニー材で製作したもので、重量は7〜8キロと軽量化を図りながら、強度に加えて、運動性能も高く、更に木製ならではの美しさが評価され、注文待ちの状態です。1台作るのに3〜4カ月かかり、これまでテスト版や小型版なども含めて35台ほどを作りましたが、一生のうちに全部で50台作れるかどうかといったところでしょう。この自転車を長く乗る上で、まず取り替えが必要になるのは金属のパーツ部分で、木の部分はほとんどそのまま使っていくことができます。とても驚かれますが、水の大きな圧力や様々な天候に耐えうる船づくりの技術を生かしているのだから、頑丈なのは当然なことなのです。それは、その技術を追求し、新たなものづくりに落とし込める職人がいないということの表れかもしれません。

この自転車を発表した時、特許を取るように周りに勧められましたが、私はむしろ真似できるものならその職人を褒めてやりたい、というくらいこの自転車に私の持てる様々な技術を詰め込んでいます。受け継がれてきた技術を大切にしながら、そこから更に自分だけの技術を突き詰めていった先に、どこかで誰かに見てもらえて報われる瞬間がある。それは、ものづくりに真剣に取り組んだ人間だけに与えられる特権です。そして私自身も、まだまだ船を作っていきたいという思いをずっと持っています。そんな夢を持てるようなものづくりの大切さを、これから職人を目指す若い世代はもちろん、もっと多くの人に知ってもらえたら嬉しいですね。
 
 
 
■講師Profile
佐野末四郎SANO Magic主宰/木艇職人
木の船の建造で知られる佐野造船所八代目、佐野一郎氏(東京都江東区無形文化財)の三男として、1958年(昭和33年)誕生。工学院大学専門学校造船科卒業後、オランダのハイスマン王立造船所に従事し、帰国後の95年、「サノ・ヨットビルディング」(現:サノマジック)設立。98年から「カヌー製作講習会」をはじめ、03~04年には船の科学館でも開催。08年からはマホガニー製フレームの自転車を作りはじめ、国内外で注目を集めている。

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第1回 「ものづくりに真摯に向き合う」
講師:佐野末四郎 SANO Magic主宰/木艇職人 
日時:6月11日(木)10:00~11:30
会場:ICS地下ラウンジ
※インテリアマイスター科の一年生30名が地下ラウンジにて、その他の学生たちは各教室でリモート聴講しました。

■主催:学校法人環境造形学園専門学校ICSカレッジオブアーツ
■協力:ICSAA
■企画構成:一般社団法人テンポロジー未来機構
■ライター:高柳圭