ICS JOURNAL

【’20 特別講義】第2回 米谷ひろし・君塚 賢「デザイナーとしてのフィロソフィーを表現すること」

2020.11.17


講師:米谷ひろし トネリコ代表/デザイナー  君塚 賢 トネリコ取締役/デザイナー

デザイナーとしての思いが報われた作品

米谷:
美術大学の卒業後、インテリアデザイナーである内田繁さんのもとで修行を積み、2002年に君塚と増子の3人でトネリコを設立しました。偉大な先輩の背中を見ながら、自分たちがデザイナーとしてどうあるべきかということを、独立してからもずっと考え続けてきました。事務所の立ち上げからあまり仕事は多くないなかで、2003年からミラノ・サローネのサテリテに出展を始め、2005年に最優秀賞を受賞したことで、自分たちの進む道が示されたような気がします。

君塚:
1、2年目は家具をつくっていましたが、拙い英語で一生懸命説明するけれどなかなか足を止めてくれる人はいなかった。2005年に出展した「MEMENTO」は、自分たちの本分であるインテリアデザインに立ち返り、空間を意識した作品でした。数字をモチーフにしたパターンで構成した、家具でもなく、照明のような、単純なアートとも異なるインスタレーションで、しかし、何も言わなくても足を止めて見てくれる人がたくさんいた。この作品を通して、見た瞬間に気持ちを揺さぶられるようなものをつくることの大切さを実感しました。


東京・京橋に開業した「アーティゾン美術館」。1〜6階が美術館で、上層階はオフィスになっている

米谷:
サローネは基本的に家具見本市で、出展するデザイナーは世界のメーカーと契約することを一つの目的としています。しかし、僕たちは空間デザイナーとして、イスやテーブルといった機能を超えたメッセージを伝えたいと考えました。
デザインを学んでいると、つくるものについて「これはどんな用途がある」「素材は何か」「コストは」といった説明を求められる場面があると思います。それは社会に出ても同じで、商品価値を伝えることができないと、多くの人には相手をしてもらえない。しかし、デザイナー個人としては、用途や世の中での必要、不必要に関わらず、それらを超越した感動のようなものを表現していくべきだとも思っています。例えば「MEMENTO」は僕が36歳の時の作品ですが、ここに使われている3と6を見る度に、「自分は36歳の時にこんな作品を作っていたな」と記憶が蘇るような感覚がある。そんな人の記憶、感覚など琴線に触れるものを作っていきたいと考えています。普段のすべての仕事でそれを表現することはできませんが、展覧会などで作品を作った時に当初の思いに立ち返ることがある。サローネでのアワードの受賞は、自分たちが目指している表現への思いが報われた瞬間でもありました。

細部まで徹底してデザインすること

米谷:
今年1月に開業した東京・京橋の「アーティゾン美術館」では、コンペを経て美術館やギャラリーカフェなどのインテリアデザインを担当しました。プロポーザルコンペ参加から約7年かけて携わったプロジェクトです。この美術館は、もともとこの地にあった歴史のあるブリヂストン美術館を母体としています。そのDNAを受け継ぎながら「創造の体感」をコンセプトとした空間をデザインしていきました。
複合ビル「ミュージアムタワー京橋」の1〜6階がアーティゾン美術館で、高層階はオフィスビルになっています。展示室は4階より上階にあり、1〜3階にエントランスロビーやギャラリーカフェといったスペースが大きく設けられていて、以前のブリヂストン美術館が、重厚で内向きの空間であったのに対し、街に開かれているのも特徴です。
開かれた美術館というキーワードや、地域に根ざしたつくりの美術館は、日本にも近年増えてきていています。アーティゾン美術館も街に開かれていながら、さらにここを訪れることで、新しい出会いや、インスピレーションを受けるような場所を目指してプロジェクトが進んでいきました。
施主からは「展示される作品の時代性や内容も含めて、100年後も続いていく美術館」を求められ、インテリアデザイナーである自分たちが、死んだ後もずっと残るような仕事を任されるようになったのだなと感慨深くもありました。


エントランスロビーに設置された、“泡”をモチーフにしたオブジェ

美術のコレクションとして大事に保管するために、外光が入らないことや、湿度温度が徹底的に管理されている空間も必要であり、そのクローズな条件と開かれた環境とを「仕切り」と「囲み」によって両立させ、交わらせていくような空間をデザインしています。
建築のファサードは、近代建築的なアノニマスな雰囲気でありつつ、上階にいくほどサッシの格子の密度が上がっていくように設定し、美術館の中に入っていくほど内部での体験が深まっていくことをイメージしています。また、エントランスロビーやカフェでは、所々に“不揃いなもの”を取り込むことを意識しました。規則的に貼られた石の合間に不規則なラインが走っていたり、倉俣史朗さんオマージュの有機的なテラゾータイルやあえて不揃いに石を貼った箇所、通路の幅やステップの変化などにより、先に何があるか気になる動線などを組み込んでいます。各エリアは一方通行ではなく、この先に何があるんだろうという期待感を持ちながら回遊できるように計画しました。また「不揃いの自然体」というテーマは、僕たちトネリコのフィロソフィーでもあります。数年前に展示会のためにつくった「FOAM」という、泡が集まって安定した形状をつくり出す原理から着想した作品を、エントランスロビーに巨大な構造体として表現しました。空間の粗密、開かれた場所と閉じた場所、規則的なものと不揃いなものなどが混じり合い、訪れる人を選ばない、皆が気持ちよくなれる空間を随所に設けることで、開かれた美術館が実現できたのではないかと思っています。


美術館としての機能性を実現しながら、仕上げや収まりのディティールにこだわった空間デザイン

君塚:
とても大きな美術館であり、空間づくりにおける守るべき決まりごとなども多いプロジェクトでしたが、大きな空間であっても、細かな部分に手を抜かずにデザインしました。これはこの美術館のプロジェクトに限らず、どれだけ細部まで突き詰めていけるかが、僕たちデザイナーの力でもあると思います。見えないからいいや、分からないからいいやと投げ出さず、タイル1枚のサイズや目地、ちょっとした手に触れる部分、隠れた収まりなども徹底して考えることで、そこを訪れた人の感覚に訴える空間が出来上がる。そして、その本質や肌感覚のようなものは、本物に触れて、実際に現地を訪れて身を置くことでしか得られない。学生や若いクリエーターには、様々な場所に足を運んで、たくさんの本物に触れてほしいです。

米谷:
デザインを学ぶ中で個性を発揮しなければいけないというプレッシャーを感じることがあると思いますが、デザイナーの個性は一人では生まれるものではない。刺激しあえる人との出会いが一番大切だと思います。若いうちにたくさんの人に出会い、本当に意見をぶつけ合い、切磋琢磨できるような人との関係を築いていってほしいです。

■講師Profile
トネリコ 
米谷ひろし トネリコ代表/デザイナー 多摩美術大 学環境デザイン学科教授。1968年大阪府生まれ。92年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。卒業後はスタジオ80に在籍し、内田繁氏に師事。02年に君塚賢、増子由美とトネリコを設立。
君塚 賢 トネリコ取締役/デザイナー 武蔵野美術大学非常勤講師。1973年神奈川生まれ。98年武蔵野美術大学建築学科卒業。卒業後スタジオ80に在籍し、内田繁氏に師事。02年に米谷ひろし、増子由美とトネリコを設立。
トネリコ設立後は、建築、インテリアから家具、プロダクトに至るまで多岐にわたり活動。国内外で定期的にコンセプチュアルな作品を発表。ミラノサローネサテリテデザインリポートアワード最優秀賞、JCDデザイン賞金賞、JID賞インテリアスペース賞、グッドデザイン賞など受賞歴多数、NHK「トップランナー」出演。代表作に、銀座 蔦屋書店、Loft店舗開発、池袋西武「光の時計口」、雨晴、たねや本社、澤田屋、DNP COMPANY CAFETERIA、カネボウルナソル展示、パリ日本文化会館「WA展」、CASSINA IXC.「MEMENTO」、arflex「AUN」、籐家具「ami」シリーズなど。直近では、1月18日オープンのアーティゾン美術館(旧ブリジストン美術館)が衆目を集める。

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ICS公開特別講義2020「スマホを捨て、五感をフル稼働してみよう!」

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第2回 「デザイナーとしてのフィロソフィーを表現すること」
講師:米谷ひろし(トネリコ/デザイナー) 君塚 賢(トネリコ/デザイナー)
日時:7月16日(木)10:00~11:30
会場:めぐろパーシモン小ホール 

■主催:学校法人環境造形学園専門学校ICSカレッジオブアーツ
■協力:ICSAA
■企画構成:一般社団法人テンポロジー未来機構
■ライター:高柳圭